脱サラし、フランチャイズのオーナーへ

*写真は私ではありません。

 おはようございます。今日は、21年前に私が36歳で脱サラしてビデオ安売り王のフランチャイズオーナーになった時のお話をします。
 脱サラのきっかけは、万年副店長で会社に嫌気が差して会社がリストラをし掛けてきたことでした。会社を退社する1年前から人事移動で1年で店舗が3回も変わり、最後ではお店の業態までかわりました。

 会社はSで業態はGです。価格破壊を仕掛けたファミレスです。感の鋭い方は大体お分かりの事と思います。

 最後の店舗では大卒バリバリの人でおそらく23歳ぐらい。一方私は36歳で自分のプライドが許せなくなり、以前から自分で商売をしたい気持ちがありそのタイミングで退社しました。

 退社の1ヶ月前から23歳の時に購入したワンルームの返済が終わるタイミングと重なり背中を押される様に会社を退社しました。そしてローンを完済した銀行にビジネスをするので1000万円を融資のお願いをした所、「吉野さんはビジネスの実績がない」と、あっさりと断られました。

 普通それで諦めるかたが多いいのですが。それが私の闘争心に火を付けて、それからは10位の銀行に行き最後に行った銀行が私のメインバンクになりました。結論から言うとその銀行からは借り入れは出来ませんでしたがとあるノンバンクを紹介されました。

 その時はノンバンクと銀行の区別など全く知りませんでした。そう、まさに怖いもの知らずでした。直ぐに紹介されたノンバンクに電話してビジネスをやりたいおもいを告げたら融資の担当者が「担保があれは融資をする」との事だった為ので、内の親父に自宅担保に保証人になってもらいました。

 商売で失敗した時はワンルームを売却して返済をする約束をして背水の陣で商売にのめり込みました。ノンバンクの契約書はあとで読むととてもエグイ契約書でした。

 まずローンか返済出来なくなると自宅に付けていた短期賃借権を使い自宅を第三者にかしてその家賃が1坪50円で第三者に又貸し出来るとものとし、白紙委任状に家族の実印を押させて公正証書まで作られていました。

 自宅の裏手にある物置も写真をとりうちの親父の物であるとの一筆までとられました。今思うと本当にぞっとします。

 明日はオープンから1年感のわたしの奮闘のお話をします。

 

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