パチンコ・スロットの日拓、西村昭孝氏 – ナイトレジャーのPLを見てみませんか? – 

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第4話はパチンコ、スロットで有名な日拓の会社のお話しです。
このお話もやはり、私が24歳位の頃のものです。世間がディスコに狂っていた時代、日拓経営の”マジック”は、レーザー光線を派手に使ったディスコで、とにかく内装にお金を使っていました。私がそこにいったとき、天上がエラク高いのには驚きましたし、内装もマハラジャとは一線を画すものでした。
“シパンゴ”や”ザ・ビー”といったディスコも、レーザーが導入されており、どの様な演出かとても興味が湧いたことを今でも記憶しております。
そして赤坂のシティバンクの地下に、多分日拓のディスコでとにかくお金を掛けたディスコがありました。雑誌「商業店舗」に紹介されて、内装費が1坪1000万と書いてあったため、どんなものかと実際にそのお店に行きました。たしかに、とても完成度の高い店舗でしたが、内装費はおそらくその半分くらいだと思いました。けれど、100坪位ありましたから、投資は5億程であろうと推測できます。内装は、ロンドンの古城をイメージして、朽ち果てた感じ。マハラジャの”絢爛豪華”とは一線を画し、たとえるなら日本のわびさびの様なものでした。同じ真鍮を使うにしても、わざとピカピカにしないでくすんだ様に仕上げたり、ミラーはわざと割って見せたりと、 とても驚かされました。
さて、ここまでは余談です。(笑)
日拓のお話をしましょう。日拓の創業は、1965年に西村昭孝氏が日拓観光としてスタートとしてのちにアミーズメント会社として日拓を作りました。都心の商業地に自社ビルを建て、そこに収益性の高いパチンコ、スロット、ディスコを作り、不動産のストックとキャッシュフローを巧みに応用して経営を拡大していきました。
ここでディスコの例を出して簡単なPLを出します。月商が8000万ほどだったと聞いているので、その内訳を見てみましょう。
家賃を100坪と仮定して坪5万で500万。フード、ドリンクが売り上げの30%以下で2400万。人件費は、正社員、フロアーキッチンを合わせて5人ないし10人、他をアルバイトで賄い、その当時の六本木周辺のアルバイト代は600円でほどでした。10名位でも総人件費は、月額300万から400万といったところではないかと思います。あの当時六本木では週末は600人から800人位は入っていたと思います。水光熱費は売り上げが高いのでおそらく3%位だと思います。
PL  1ヶ月
売り上げ   8000.万
フード、ドリンクで売り上げの30パーセントとして2400万
家賃坪5万で100坪で500万
人件費が300から400万
水光熱費が売り上げの2から3%で160万から240万
その他経費が20万くらい
で計算すると
売り上げ             8000万
人件費             400万
フードドリンク   3000万
家賃が                  500万
水光熱費が          250万
その他経費が       20万
合計                   4170万
売り上げ8000万から4170万の経費を引くと、3830万が利益です。利益率はなんと48%。固定費は余り変わりませんからえげつない利益になります。
現に六本木の伝説のディスコトウリアは1億を売り上げていたそうです。この頃からディスコの遊びだけで無くナイトレジャーに興味が湧いて後半にお話しをする大和実業に繋がっていきます。
今日は長文にて失礼しました。明日は趣をかえて、六本木の番外編として今はないが当時は流行した、あんなお店こんなお店を記事にします。
こうご期待を!!

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