岡田大弐 – キャステル東京の総支配人 –

キャステル東京
第9話。この六本木シリーズも9話を入れてあと2つになります。40代から60代の方に見て頂けて、あの時代をもう一度と、復活を願っている方は多分多い思います。今の閉塞した日本の中で、若者は草食化して車もいらない、出世すらあまり望まないと聴いています。僕らが二十歳位の時はギラギラしていて、車や会社での出世にギラギラとハングリーでした。
私は20歳位から六本木に憧れ、あの時代の六本木の空気を肌で感じた世代です。とりわけ憧れのディスコは、日新物産が手がけた会員制ディスコ”キャステル東京”でした。早くいっぱしの給料をとってキャステルの会員になる事を目標にしてました。そこの総支配人が岡田大弐氏である事は、マンボーズのオーナーでかつてキャステルの支配人である事を後に知りました。マンボーズは月刊食堂にデカデカと紹介されて、私の記憶だと店内に10mの水槽がありそこに魚が泳ぐレストランでかれこれ30年前は斬新なレストランでした。その後岡田氏と佐藤氏でクラブの先駆けとなるクラブDを作ります。このクラブDは芸能人の秘密の溜まり場であったと聴いています。そして現在はダイニーズテーブルを経営されています。余談になりますがダイニーズのダイニは自身の大弐からの由来と聴いています。何とウイットのある方だと関心しました。
明日は私が23歳の時にお世話になった、大和実業の岡田一男氏のお話です。日本で初めてバニーガールを導入し、会員制レストラン”エスカイヤクラブ”や、そのリーズナブル版である”ザ・ロイヤル”、”ザ・ワインバー”(これはワインバーの走りのお店)を流行らせました。それとディスコのラジオシティーなどと手広く経営されていました。それと画期的なボトルオンラインシステムを導入し、北海道から鹿児島までオンラインで結ばれ、どこの都市の大和実業系列のお店でもボトルの残量が飲めるという画期的なシステムを構築しました。明日でとりあえず、我が六本木の青春グラフィティはいったん終了させていただきます。

 

次のシリーズは「話題のお店お作った男達シリーズ」でお話しを書きたいと思います。

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